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【中学・高校】〒272-8533 千葉県市川市国府台2-3-1
TEL.047-371-1120 
学校案内

校長挨拶


校長 宮﨑 康

凜として生きる
自主自立の精神と、日本女性の美徳を備えた
エレガントな国際女性を育てます。

 和洋学園は、創立以来120年以上にわたり、「女性の自立」を目指して女子教育に従事してきました。時代が変わるとともに女性を取り巻く環境も変わりましたが、その変化の先の教育を実践してきました。この教育は、ただ単に技術を教えるのではなく、広い教養と日本人としての精神も養ってきました。

 和洋国府台女子中学校高等学校は、千葉県国府台の地に70年前に創立し、和洋学園での中等教育を始めました。建学の精神は、創立者堀越千代女史からの「女性の自立」を受け継いだ教育をおこなっています。国府台に居を構えてから堀越女史の薫陶を「和魂洋才」「明朗和順」と表し、教育方針にしてきました。3年前から改革を始め、「凛として生きる」女性の育成を教育方針としました。生徒が社会人になったときに、「凛として生きる」女性となって、社会に貢献できる人材の育成に励んでいます。礼法・芸術系授業・生活指導を中心に品格を修養し、実験実習を中心とした授業や検定修得などを通して広い教養を身に付けます。

 このような中で、生徒が本校での学びに受け身にならないように、生徒には「夢を持て!」「夢に近づく努力を惜しむな!」と伝えてます。夢(あるいは希望・目的)とは、生徒自身が一番なりたい社会人像のことです。この意図は、具体的な目的を持つことで、将来の進学や今やるべきことを具体的に考えられるからです。具体的に考えられれば、努力することに集中できます。そうすれば、生徒は夢に一歩一歩と実際に近づくのです。衝撃的な人との出会いや感動的な場面に遭遇して、夢が変わることもあります。それでも努力したことは無駄になりません。逆に努力していればしているほど、変わった夢への土台になります。だから今の夢への努力は、時を惜しまず努力して欲しいのです。このような努力に教職員一同は応援します。  

教育方針

百年を超え支持されてきた女子教育の伝統と、未来を先取りする指導は、
女性の自立をめざす今の時代にこそ必要とされています。

中学・高校・大学までの一貫教育の場として恵まれた環境に施設設備を整え、「凜として生きる」を教育目標として明朗和順の徳性を涵養し、実験学習を重んじる学習と、徹底した生活指導に意を注ぎ、有為な日本女性を育成することを目的としています。

凜として生きる

「凜として生きる」に込めた思い。

和洋学園は明治30年に堀越千代女史により、女性の自立を目指し創設されました。2代目校長の稗方弘毅は「和魂洋才 明朗和順」の特性を養い、有為な日本女性を育てることを目指しています。
「和魂」とは、日本および日本人の良き伝統と資質を意味し、「洋才」は外国のすぐれた文物を学び取り入れることを意味しております。「明朗和順」とは健康で明るく、仲良く平和に生活することです。このために、お互い“おもいやり”、人の為になる「奉仕の精神」とその実践が大切です。和洋では今、新たに歩みを進めるにあたり「凜として生きる」という言葉を教育目標にしました。「凜として生きる」ためには、思いやりの心を持ちながら、信念を貫き行動する精神力が必要です。このためには自分を律し、様々な文化を尊重することが大切です。

歴史・沿革

明治30年
(1897年)
堀越千代女史、和洋裁縫女学院 を麹町区飯田町3-22(現在の千代田区富士見町富士見小学校前)に 創設 。
明治34年 9月27日私立学校令により、私立和洋裁縫女学校と改称。以後この日をもって創立記念とする。
昭和3年
(1928年)
専門学校令により、和洋女子専門学校に昇格。和洋裁縫女学校はそのまま存続。
昭和10年 文部省の推薦により、稗方弘毅が校長ならびに理事長に就任。
昭和11年 和洋裁縫女学校を和洋女子学院と改称。
高等女学校程度の本科普通科・本科師範科・和洋裁専修科・選科等を置く。
昭和21年
(1946年)
和洋女子専門学校を市川市国府台の旧陸軍施設跡に移転。
昭和22年 和洋女子中学校を九段に設置。
昭和23年 和洋国府台女子高等学校 および和洋九段女子高等学校設置。
昭和24年 和洋国府台女子中学校設置。和洋女子専門学校を和洋女子大学に昇格。
家政学部生活学科・被服学科・大学別科を置く。
和洋九段女子高等学校・和洋女子中学校を和洋女子大学付属九段女子高等学校・同中学校と改称。
昭和25年
(1950年)
和洋国府台女子高等学校・同中学校を和洋女子大学付属国府台女子高等学校・同中学校と改称 。
昭和28年 栄養士養成施設指定。
昭和29年 和洋女子大学短期大学部に国文科を増設。
昭和36年 和洋女子大学家政学部を文家政学部として英文学科を増設。
昭和41年 大学学部に国文学科、短期大学部に英文科を増設。管理栄養士施設指定。
昭和48年
(1973年)
和洋女子大学短期大学部を和洋女子短期大学と改称。
田村謙治、付属国府台女子高等学校・同中学校の校長に就任。
昭和49年
(1974年)
長瀬英一、理事長・学長に就任。
昭和54年 松田惇雄、理事長・学長に就任。
昭和57年
(1982年)
和洋女子大学付属国府台女子中学校を市川市国分の現在地に移転 。
平成3年 田村謙治、理事長に就任。
平成4年
(1992年)
和洋女子大学付属国府台女子中学校を 和洋国府台女子中学校と改称 。
高等学校・九段校もそれぞれ和洋国府台女子高等学校・和洋九段女子中学校・和洋九段女子高等学校と改称する。赤羽新一、和洋国府台女子高等学校・同中学校の校長に就任。
平成9年 和洋学園、100周年を迎える。
平成10年 4月、和洋女子大学文家政学部を人文学部と家政学部に分け、学科の名称を変更し、国際社会学科と生活環境学科を新設。また、和洋女子短期大学を和洋女子短期大学部と名称変更し、学科名称も変更。
7月、和洋国府台女子高等学校新校舎(第1期工事分)竣工。
平成12年 12月、和洋国府台女子中学校礼法研修棟、 「春望亭」 竣工。
平成14年 和洋女子大学大学院(人文学科・総合生活研究科)を設置。
平成16年 3月、和洋国府台女子高等学校メディア棟(第2期工事分)竣工。
平成18年 被服科をファッションテクニックス科へ改称。

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